バッハの森通信第59号 1998年4月20日 発行

巻頭言 「広がるコラールの輪」

人を生かす力に憧れて500年間
歌い継がれてきた民衆の歌を歌おう

先日、東久留米のグレゴリオ音楽院から、講師と本科生の皆さん22名をお迎えして、バッハの森セミナーを開きました。午前中は「ルターのコラール」について私が解説し、午後は石田一子(バッハの森オルガニスト)がルターのコラールの中から「いざ来りたまえ、異邦人の救い主よ」を選び、そのオルガン編曲をテーマに、研究会を開きました。まず本科生の皆さんに、ユルゲン・アーレントが建造したパイプオルガンで、バッハやヴァルターの編曲を次々と演奏していただきました。バッハの森のオルガンはコラール編曲の演奏を主な目的として建造されているので、皆さん、その理想的な美しい響きに魅了されていました。同時に各自の演奏の音楽造りについて、演奏者本人を始め全員が参加して、活発な語りあいをしました。演奏にも発言にも積極的に参加して下さる方々が多かったので、セミナーは盛り上がり、楽しい集いになりました。
実際、このようなセミナーを開くことは、私たちの長年の夢でした。そこで、今回セミナー開催を呼び掛けて下さった橋本周子さん(グレゴリオ音楽院本科主任)とこのようなセミナーを定期的に開くための話し合いをしているところです。また、グレゴリオ音楽院に限らず、他の音楽学校、その他一般の教育機関に学ぶ皆さんとも、バロック教会音楽とその土台になったコラールを中心テーマに、狭義の音楽だけではなく、もっと広く文化、歴史、社会、思想、などを視野に入れたセミナーを開きたいものと願っています。 ところで、4月12日には愛知県の岡崎市美術博物館で、「ルターとコラール」というレクチャーをしました。この美術博物館は、別名、マインドスケープ・ミュージアムといい、「心を語る」ことをテーマに、去年4月にオープンしました。今年の春は「新たな信仰に生きる:蓮如・ルター・民衆」という会館1周年を記念する特別企画展を開いており、そこにバッハの森が所蔵する初期(16世紀前半)のコラール集2冊のファクシミリも展示されています。レクチャーでは、ルターがコラールを創作したときの状況と、彼の代表的コラールについて解説し、石田一子がポジティフ・オルガンで参加者の皆さんのコラール斉唱を伴奏、数曲のコラール編曲を演奏しました。会場は満員の盛況でした。
このように、コラールをめぐる興味が広がってきたことを、私たちは大変喜んでいます。バッハの森の主要なテーマは、その名が示すとおり、バッハの音楽なのですが、バッハを頂点とするバロック教会音楽は、合唱曲であれオルガン曲であれ、コラールをもっとも重要な素材にしています。そこで、私たちは、バッハの音楽のルーツを求めて、コラールに関する資料を収集、研究しながら、もっぱらコラールを歌い、演奏してきました。
コラールは、16世紀の宗教改革者マルティン・ルターが、民衆に歌わせるために、民衆の言語であるドイツ語で作詞作曲した宗教歌に始まります。その後200年間、バッハの時代までに多数創作されたコラールは、芸術的にも非常に優れた宗教歌です。研究してみて何よりも驚いたことは、ルターのコラールが、500年後の今日まで、そのままドイツの民衆の間で歌い継がれてきたということです。一体私たち日本人は、織田信長の時代から歌い継がれてきた歌を一曲でも持っているでしょうか。
どうしてコラールは、これほど民衆に愛唱されてきたのでしょうか。その理由は、コラールに共通する、人を生かす力に対する憧れだと思います。こうなると、バッハの音楽と同様に、もはやコラールはドイツ人だけ、クリスチャンだけの歌ではなく、音楽に感動を求めるすべての人々のための歌だといえます。歌っているうちに、人を生かす力に憧れる熱い思いに触れ、いつしか感動している---コラールとはそんな歌です。皆さん、バッハの森奏楽堂の美しく響くアーレント・オルガンの伴奏で、ご一緒にコラールを歌いませんか。

(石田友雄)

バッハの森リポート 45

新会員たちが報告する最近のバッハの森

去年の秋に始めた「音楽教室」が、バッハの森を親しみやすくしたのでしょうか。この半年、これまでになく大勢の方々が、新しくバッハの森に参加して下さいました。これら新会員の皆さんは、総じて20代、30代の元気で明るい方々です。この方々に次のような5項目のアンケートをしました。この回答から、最近のバッハの森の様子が伝わってきます。

  1. 自己紹介。
  2. あなたは何を求めてバッハの森にいらっしゃいましたか。
  3. バッハの森に来てみて、来る前に予期していたこと、来てみてわかったことの間に違いはありましたか。あればどんなことですか。
  4. バッハの森で何か新しいことを発見しましたか。
  5. バッハの森について、あなたの感想をお聞かせください。

あれよあれよという間に深入りして

  1. つくば市内に住む主婦です。バッハの森から車で20分ほどのところに住んでいます。
  2. パイプオルガンを教えてくれるらしい、という噂を知人から聞き、半信半疑で来てみたら本当だったので、びっくりすると同時に大喜びし、その場で入会しました。
  3. よくあるピアノ教室のオルガン版かと思っていたら、全く違いました。入会に際して「コラールを弾きたい」と言ったせいか、「コラールを弾くためには、合唱で実際に歌うことが基本」と薦められ、ろくに声も出ないのに、まず合唱に参加することになりました。続いてバッハ時代の音楽を弾くためには言葉の理解なども含めて背景の理解が不可欠だと言われ、教会音楽研究会とオルガン音楽研究会にも参加することになり、あれよあれよという間に、バッハの森は私の生活の中で大きな位置を占めるようになりました。ちなみに研究会に初めて出席したとき、一子先生から「18世紀にそれ以前の音楽をまとめた人は誰でしょうか」と質問され、私は「モーツァルト」と答えてしまいました。(正解:バッハ)
  4. ここのパイプオルガンは内部に階段がついていて、それを登って演奏台にたどり着きます。楽器の中に階段がついているということが、すごく不思議で面白く思えました。
  5. 私のような隠れバッハファンは巷に多いと思います。バッハの森がそういう人達への情報の拠点となり、もっと大勢の人達がここに来て、学ぶようになるといいと思います。
    (古屋敷由美子)

歌うことが音楽の基礎だとわかる

  1. エンジニアとしてつくばに来て3年が過ぎたところです。初めは妻の入会に付いて来て、かねがね聞き及んでいたバッハの森の建物をちょっと見学してかえりました。その1週間後、オルガンを習い始めることになった妻に誘われて、私も一緒に参加することになりました。ヴァイオリンやチェロの無伴奏曲、フーガの技法、マタイ受難曲など、バッハの音楽は大好きでしたが、これまで合唱に参加したことはなく、自分の声がバスなのかテノールなのかも判らないまま、土曜午後の練習にうかがった次第です。
  2. 10年ほど前に、チェロ奏者ヤーノシュ・シュタルケルの公開レッスンを見に行ったとき、自分の声で歌ってみなさい、と彼が一人の受講生に言うのを聞き、チェロを弾く前に自分で歌えなくてはいけないということを知りました。それ以来、合唱をしたいという気持ちは持ち続けていました。
  3. バッハの森は教会の付属施設なんだろうと思っていました。来てみて、ここは教会ではなく、音楽を勉強できる場所なんだと言うことが判りました。
  4. 猫もいるアットホームな雰囲気が気に入っています。
    (古屋敷憲之)

外観は暗いけれど内部は明るい場所

  1. つくば市春日に住んでいます。転居して1年です。その前は「岸辺のアルバム」の舞台になった狛江市に住んでいました。ナースをしていましたが、今は筑波大学の大学院生をやっています。最近は合コンにも出たりして、すっかりはじけています。(いいのかなあ)
  2. 真理を求めて、なんてことはなく、単に歌が歌いたかったから。住まいから比較的近いので、クリスマスコンサートに来てみたら、パイプオルガンに一目惚れ。このオルガンの前で歌ってみたいと思いました。その時、そこで歌っていた安積さんのテナーの美しさにもうっとり。9年近く合唱から遠ざかっていましたが、火がついてしまったのです。
  3. 宗教音楽が中心ですが、思ったより宗教的ではなかった(?!)。音楽の解釈のレクチャーはありますが、説教はないので抵抗がありません。堅苦しくなく自由な雰囲気なので気が楽です。
  4. 自分にもドイツ語の歌詞が歌えることが驚きでした。とちる、外す、などはしょっちゅうですが、何度も歌っていると自然に歌えるようになり、意味も少しずつ覚えてきたことはとてもうれしいことでした。また、近寄りがたかった中世の宗教音楽の意外にも単純な美しいメロディーや合唱の美しさを知りました。
  5. 建物の外観がちょっと暗くて、入るのに勇気が要りましたが、入ってしまえば、内部はとても明るくて、なんてことはありませんでした。木の香りがするホールで歌えることはうれしいことです。合唱のメンバーにもめちゃめちゃに上手な人もいれば、初めて合唱をやる人もいて、小人数ですがバラエティーに富んでいて、各自それなりに参加出来るのが良いです。全体的に温かい雰囲気が好きです。それに、セバスチャン(バッハ?)という美形の虎縞の猫がいるのに感激。ひとなつこくてとても可愛くて、一日中撫でていたいほどです。
    (和田詠子)

「音」を聴く音探しの旅

バッハの森と出会った半年前、私はまだ卒業試験を間近に控えた学生でした。頭の中は迫り来るピアノの試験や、卒業後の不安と焦燥で一杯でした。それでも、ともかく新しい一歩をふみだしてみようというと思い、10月に開かれたバッハの森の「合唱ワークショップ」に参加いたしました。その時、各地から集まってきた大勢方々の音楽観を知り、それまで学んできた音楽大学とはまた違う新鮮な空気を経験することができました。
その後、合唱に参加させていただき、ピアノ科では学べなかった純粋に歌うことの楽しさや、アンサンブルの楽しさを味わうことができました。また教会音楽研究会では、宗教音楽を表現するために、一番基本となる歌詞のドイツ語やラテン語、それに歌詞が意味することを学ぶことが大切だということを痛感させられました。何よりも、念願のオルガンのレッスンを一子先生にして頂いて、ピアノとは違う奏法に戸惑いながら、オルガンを弾けることに感動しています。このように、バッハの森は私の生活の一部となりつつあります。
バッハの森で私が学んだ第一のことは、音楽をするときに、そこにはいつもたくさんの人が関っているという事実です。また、本当の意味で「音」を聴くことを学ぶことができました。これからもバッハの森と一緒に音探しの旅を続けたいと願っています。
(ヤマハシステム講師 大越はづき)

思索と内省の空間

  1. 土浦市在住。つくば市内の病院に勤めています。
  2. 幼少の頃からピアノのレッスンを始めましたが、何か違うという違和感をずっと抱いてきました。ふとしたことがきっかけでパイプオルガンの音色を耳にしたとき、即座に、私が求めているのはこれだ、という思いが湧いてきましたが、どこでオルガンを習うことができるのが見当もつかず、いつかきっとと心に念じるだけでした。大学生のときにカトリックの洗礼を受け、日々の典礼でパイプオルガンの音色を耳にするたびに、オルガンを習いたいという思いは強くなって行きました。東京からつくばに戻ってきたところ、バッハの森でパイプオルガン科の生徒を募集していると知り、早速とびつきました。
  3. 想像していたよりも一子先生が優しい方だったので、安心しました。もっとビシビシしごかれるのかと思って、内心不安でしたから。グループレッスンの仲間は、全員仕事を持っており、毎日忙しい中で時間をやりくりしてレッスンを受けているのですが、一子先生は効率良くしかも丁寧に指導して下さるので、心から感謝しております。
  4. 第一にバッハのことが少し好きになりました。以前はバッハの曲をピアノで弾いても、ただ苦痛を覚える練習曲としてしか捉えられず、何の感慨もわかなかったのですが、最近はバッハを味わって弾いたり聴いたりできるようになりました。それから音質という点からすると、バッハの森のアーレント・オルガンは、とても勇気的で素朴な音だと感心しています。オルガン音楽の根底に流れるものは、「祈り」「大いなるものに対する思慕、憧憬」ではないかと日頃考えているので、いつも温かい音をつむぎ出しているアーレント・オルガンが、私は大好きです。
  5. 冬寒いのが珠に瑕です(冗談です)。私にとっては、一つの思索と内省の空間です。何か雑然とした気持ちでいるときでも、ひとたびオルガンに向かうと「ベクトルが本来の向きに戻る」ような感覚になるのです。レッスンがない日でもバッハの森までドライブすることがあります。何のことはない、ただバッハの森は「そこにある」と思うだけで安心するだけのことなのですが。
    (本橋京子)

たより

いつもながら活発な御活動に敬服いたします。小生、おかげさまで健康は完全に回復し、元気にやっています。4月から、家の近くの登戸駅前に、昔ばなし研究所を開くことにしました。若い人たちも育ってきています。昔ばなしのよいお話とその研究を発表するための出版社を、子供の本専門の人たちが創立してくれました。ありがたいことです。残り時間を有効に使おうと思っています。

(川崎市 小澤俊夫)

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バッハの森の皆様
お雛祭りも過ぎて心なしか日差しが急に明るくなったように感じます。先日はバッハの森通信とともに大好きなアーレント・オルガンのカードにお見舞いと励ましの温かいお言葉を頂き、ありがとうございました。胸が熱くなる思いで繰り返し拝読させて頂きました。入院中はアーレント・オルガンの写真をベッドの脇に置いて終日眺めておりました。おかげさまで無事退院し、ただ今は横浜でバッハのオルガン曲集をCDでゆっくり聴きながら静養しております。

(横浜市 岡本由紀子)


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